大阪家庭裁判所 昭和43年(少)3806号 決定 1968年6月24日
少年 M・Y子(昭二六・一一・一二生)
主文
少年を保護処分に付さない。
理由
第一 本件通告は「少年は昭和四二年二月一四日大阪家庭裁判所堺支部で保護観察に付せられたにかかわらず、イ、再三再四家出無断外泊をくり返し、保護者の正当な監督に服さず、ロ、勤労意欲なく無為徒食の生活に
憧れ、自ら不良交友を求めて盛り場徘徊、不純異性交遊目立ち、ハ、昭和四三年五月○○日勤務先を無断で飛び出し、同月○○日甘言をもつて男を呼び出し、現金一五、〇〇〇円を騙取するなど、いずれも少年法第三条第一項第三号の虞犯行為に抵触するので少年院送致の必要がある」というのである。
通告事由は具体的事実の摘示に幾分欠けるものがあるが、通告書添付の「保護観察の経過及び成績の推移」と題する書面を併せ考えると、要するに、少年の保護観察後の行状が同号イないしニに該当するとして通告されたものと理解されるので、以下先ず少年の保護観察後の行状を具体的に検討し、つぎにそれが同号所定の虞犯事由ないし虞犯性を具備するかどうかを判断する。
第二 少年作成の大阪保護観察所宛誓約書、保護観察官の少年に対する昭和四二年九月二一日付、昭和四三年五月二九日付各質問調書、証人石川賢一の証言、参考人小林芳樹および少年の当審判廷における各供述を総合すると、つぎの一ないし五の事実が認められる。
一 少年は昭和四二年二月一四日虞犯保護事件で大阪家庭裁判所堺支部で保護観察処分(以下前件虞犯保護事件という)の決定を受け、大阪保護観察所において同日一般遵守事項(犯罪者予防更生法第三四条第二項)のほか、(イ)うちの人に無断で外泊または家出をしないこと、(ロ)夜遊びをしたり、盛り場をうろついたりしないこと、(ハ)異性と不純な交際をしないこと等の特別遵守事項の指示を受け、これを遵守する旨誓約したこと、
二 同年三月一四日大阪府泉佐野市立第○中学校を卒業したあと、同市○○町所在の大○タオル工場に織物工見習として就職し、肩書住所地より通勤していたが、同年九月二〇日転職するまで、
(イ) 同年八月○○日無断欠勤し、A子と同市南海電車泉佐野駅附近を徘徊し遊んでいた(以下第一の問題行動という)ほか、
(ロ) 同年九月○○日(木曜日)、就業を終えて同女と共に祭であつた大阪府岸和田市へ外出して、同女とB子の住込稼働先である同市内某お好焼店に宿泊、翌○△日(金曜日、敬老の日で祝日)泉佐野市○○所在のC子方に宿泊、その翌々日○□日(日曜日)午前一時ごろ帰宅したこと(以下第二の問題行動という)、その際母M・M子に「淫売出ていけ」等と叱責されたうえ、その日から父M・Kらに監視されたので大○タオル工場を欠勤したこと、
三 ついで、同年九月△△日保護司石川賢一の紹介で泉佐野市△△所在花○タオル工場に就職し、既に住込稼働中であつた姉M・S子と同室を割り当てられ住込稼働したが、
(イ) 同年一〇月○日(日曜日)、D子から誘われ、大阪市南区の所謂繁華街である難波界隈を徘徊していたところ、寮の門限(午後一〇時)に間に合わなかつた為、その後三日間位旅館に宿泊したり、泉佐野市の同女方に外泊したこと(以下第三の問題行動という)
(ロ) 同年一二月ごろの日曜日、同女と共に岸和田市に出かけたところ、男性(氏名不詳)に誘われドライブしたが途中で交通事故にあつたこと(以下第四の問題行動という)
(ハ) 昭和四三年二月○日(日曜日)、同女と共に午後一一時ごろまで難波界隈を徘徊し、その間ダンスホールフジに出入りしたこと(以下第五の問題行動という)
(ニ) 同年三月○○日(火曜日)花○タオルを無断でやめE子と共に職探しに外出、途中男性三名(いずれも氏名不詳)に誘われて、大阪市南区難波までドライブし、同界隈を徘徊し、午後一一時ごろまで遊んだこと(以下第六の問題行動という)
四 同年三月末日、大阪府泉佐野市□□町所在の○七タオル工場に同女と共に同室を割り当てられて住込就職したが、その二日目、同級生であつた男性三名(○垣某、○中某、通称○ツちやん)が訪問し少年たちと談笑したうえ、男性二名(通称○ツちやんを除く)が少年らの室に宿泊したため、翌四月一日同工場を馘首されたこと(以下第七の問題行動という)
五 同年四月○日保護司石川賢一の紹介により、大阪市南区○○町所在のレストラン○風に住込就職したが、同年五月○○日(火曜日、同店の休業日)午後五時ごろから、D子と共に上記難波附近のダンスホール、スケート場などに行き遊興、門限の午後一〇時半に遅れたため、同店に電話して連絡のうえ、泉佐野市○村某女方へ宿泊し、翌日からは同店を無断欠勤し、D子と共に電話で○下某(五〇年位)を呼び出し各々一五、〇〇〇円宛貰い受け、同人の誘いに応じ三名で上記難波附近の某ホテルへ宿泊しようとしたが、途中ですきを伺いD子と一緒に同ホテルを逃げ出し(但し、許欺行為を認めるに足りる証拠はない)その後三日間位同界隈や泉佐野市の旅館に泊り遊びまわつていたこと(以下第八の問題行動という)
六 なお、証人石川賢一は少年が花○タオル工場で稼働中、姉M・S子の金一〇、〇〇〇円を盗んで家出したことがある旨供述するが、これは証人が同工場主から又聞きしたものであつて、証人自身M・S子と少年に確かめた事柄でもないので根拠に乏しく、又、当審判廷における少年の供述に照らしてもにわかに措信することができない。
第三 つぎに、前項認定の第一ないし第八の問題行動が少年法第三条第一項第三号イないしニの虞犯事由ないし虞犯性を具備するかどうかを判断する。
一 (一) 同号ロは社会的に未成熟な少年はその生活規範として生活の本拠を家庭に置きつつ、親の哺育、監護、教育、扶養を受けるべきであつて、これが少年の健全な育成を期するために必要であるから、このような家庭に寄りつかず顧りみない少年には非行に陥いる危険性が多分にあるという統計学的類型的特徴から規定されたものである。従つて、同号ロは家庭の上記のような保護育成機能の程度、少年の家庭に対する準拠程度、ならびに少年の行状の性質等を実質的に考慮して判断すべきところ、少年には上記第八の問題行動があつたが、前掲全証拠に昭和四二年二月一〇日付、昭和四三年六月一九日付各少年調査票を綜合すると、少年の家庭は六人兄弟姉妹と両親の多子家庭で極貧状態であり、放任家庭である他、少年はかつて昭和四〇年夏ごろ父M・Kから衣類を脱がされ淫らな行為を迫られたことがある(前件虞犯保護事件を含めて少年の夜間外出宿泊などの問題行動はこのことがあつてから始まつたようである)し、母M・M子も少年が第二の問題行動を起して帰宅した際に「淫売」などと口ぎたなくののしるなど少年が家庭に寄りつき難い責任の一担を負担していることなど家庭としての健全な保護育成機能にいちぢるしく欠けることが認められるので、これらの事情に少年が大阪保護観察所の補導の下に花○タオル工場に住込稼働して現在に至るまで約八ヵ月近く家庭を離れて生活していたこと、一応就労の意思がまがりなりにも少年にうかがわれることなどを併せ考えると、直ちに少年の住込稼働先○風を離れたせいぜい五日間位の問題行動があるからといつて、少年が正当な理由がなく家庭に寄りつかないとはいい難い。
(二) つぎに同号ハは、要するにともすれば人的物的環境から影響を受け易い少年の非行を誘発する危険性ある状況を類型化し、少年がかような危険な物的人的環境に接近し、もしくは親和している行状をとらえたもの、従つてここに犯罪性のある人不道徳な人とは少年の非行を誘発するような犯罪的もしくは不道徳的人格傾向が固定化し習慣化した人を、いかがわしい場所とはかような人の出入りするような場所、少年の風教上立ち入るべきでないと考えられる場所をいうと解せられる(単に具体的な場所的特定性に乏しい盛り場徘徊、価値評価的言辞を含む不純異性交遊、不良交友という概念そのものが直ちに同号ハに該当するものとはいい難い)ところ、B子、C子、A子については第二の問題行動を惹き起して以来約八ヵ月間少年と行動を共にした形跡はないばかりでなく、これらの人達はE子、その他ドライブした氏名不詳の男性や○垣某、○中某、通称○ツちやんらと共に犯罪性があり、もしくは不道徳な人であることを認めるに足りる証拠はない。又、○下某については、同人が暴力団○野組に所属している噂がある(このことは保護観察官の少年に対する昭和四三年五月二九日付質問調書によつて認められる)が、単に噂丈で同人が犯罪性があり不道徳な人であるということはできないし、少年自身も○下某の誘惑を逃がれている(前項五参照)ので、さほど少年が同人と親和性があると考えることは出来ない。更に、D子は昭和四二年九月ごろ窃盗保護事件で審判の結果現在保護観察中であるにかかわらず、輓近の問題行動(第三ないし第五第七の問題行動)を少年と共にし、現在少年が最も親和感を抱いているものと考えられるが、一応正業に就いており(このことは保護観察官の少年に対する昭和四三年五月二九日付質問調書によつて認められる)上掲問題行動もおおむね二ヵ月ないし三ヵ月の間隔を置いていわば間歇的に行われているものであるから、D子が保護観察中であることの一事を以て直ちに犯罪的不道徳的人格傾向を固定化し、習慣化していると断定することは出来ない。参考人小林芳樹の当審判廷における右に関する供述はいずれも抽象的であり事実の裏付けのないものであつてにわかに措信することが出来ない。
更に、前掲第一ないし第八の問題行動のうち、少年がいかがわしい場所に出入りしたと考えられるのは第五および第八の問題行動の二回であるが、右第八の問題行動は第五の問題行動から約三ヵ月半を経過してなされたものであるから、必ずしも少年がかようないかがわしい場所の雰囲気を愛しそこへの出入りを断ち切れない持続的な生活態度を有しているものと直ちに認めることは出来ない。又、お好焼屋(第二の問題行動参照)は少年の友人であるA子、B子の住込稼働先であつて直ちに前掲いかがわしい場所に該当するという事は出来ない。その他、少年が再三再四夜更けまで難波界隈を徘徊したり、旅館に宿泊したり、することは或いは少年にとつて誠に不健全な事柄であるといわなければならないが、これらは何れもいかがわしい場所に該当すると見る事は出来ない。
(三) つぎに同号ニはいわゆる社会的、倫理的な通念からはずれている行為を自ら行い、もしくは他人に積極的に強いるものであつて、その行為が性癖となり、将来の犯罪的危険性を認める手がかりとなり、または犯罪と関連の深い場合をいうものと解せられるところ、少年の前項第一ないし第八の問題行動を検討しても、後掲少年の性格から少年にかような行為をする性癖を直ちに認めることは出来ない。少年が往々門限に遅れる性癖は直接には職場の規律に違反する観点からとらえるべきであつて、非行との結びつきはその時刻以後における少年の行状の内容を後掲虞犯性との関連で考慮しなければ考えられないし、又、本件通告は不純異性交遊を主張するが一件記録を検討するも少年には自ら求めてするような事実は認められない。
二 つぎに同号イについて検討する。
(一) 少年は前項一記載の一般遵守事項および特別遵守事項を指示されているにかかわらず、前掲第一ないし第八の問題行動のように、寮の門限に遅れるなど、夜更けていわゆる盛り場などを徘徊して遊び
廻つたり、旅館に宿泊したり、見知らぬ男性とドライブしたりして、保護司や保護観察官などの再三の注意にもかかわらず(但し、両親の注意は前掲のように必ずしも適切でない)不健全な行動をくり返して来たものであつて、この事は少年の中学生時代である昭和四〇年一〇月ごろから昭和四二年一月ごろまでにおける担任教師などの注意を無視して再三夜遊び外泊をしたなどの生活態度(このことは昭和四二年一月二三日付学校照会書添付の書面によつて認められる。以下これを前件問題行動と呼ぶことにする。)を併せ考えると少年に保護者の正当な監督に服しない性癖があることが明らかである。
(二) そこで同号本文のいわゆる虞犯性、即ち性格又は環境に照らして将来罪を犯す虞があるかどうかについて判断する。惟うに、虞犯性は、少年法が児童福祉法と異り犯罪予防的見地に立ち強制力行使について虞犯事由と相まち、保護処分を行う正当化の根拠を与えるために規定されたものであるから、その要件については強制力を加えることが是認される程度に厳格な解釈がなされなければならないと考える。
昭和四二年二月一三日付、昭和四三年六月一八日付各鑑別結果通知書、昭和四二年二月一〇日付、昭和四三年六月一九日付各少年調査票によると、少年の環境は家庭が前掲したように悪く、交友関係も必ずしも芳しいものとは云い難く、少年の最後の稼働先であつた○風もいわゆる難波の繁華街に近く必らずしも環境としては良くなかつたといえるし、その性格も少年は知能程度低く限界域であつて積極性なく、被誘惑性強く、感受性に乏しく、又自主的理解力判断力に欠けている。
けれども、仔細に問題行動を観察すると、それは大体二〇日ないし六○日の間隔を置いていわば間歇的に生じていること、第一第六第七の問題行動を除き少年はいずれも稼働先の休日かその前日の就業時刻を終えてから外出している(第二の問題行動は昭和四二年九月○○日木曜日の就業時刻を終えて外出、翌○△日は敬老の日で休日、従つて△△日土曜日を無断欠勤したのみとなる)ところ、帰寮の時刻に遅れるとそのまま遊び続けるという形態をとつているが、いわゆる深夜喫茶、個室喫茶、ダンスホールなどのいわゆるいかがわしい場所の出入はひんぱんには行われていないこと、いわゆる異性交遊もさほど深刻なほど悪化してはいないこと(前件問題行動に比して異性と肉体関係があつたと認めるに足りる証拠はない)即ちいわゆる問題行動の非行内容が具体性に之しいこと、問題行動のない期間は無事真面目に稼働していたこと(このことは証人石川賢一の証言、少年の当審判廷における供述、保護観察官の少年に対する昭和四二年九月二一日付、昭和四三年五月二九日付各質問調書により認められる)、前件問題行動に比較すると本件問題行動はその生じる期間が長くなつていること(前件問題行動を具体的に検討すると、例えば、昭和四一年一〇月○○日から一一月○日まで無断外泊、一一月○○日異性とドライブ、一二月○日より二日間無断外泊、一二月△日無断外泊、異性と肉体関係あり、昭和四二年一月○○日から△△日まで無断外泊などがある、このことは昭和四二年一月二三日付学校照会書添付の書面によつてうかがえる)等の事情があるので、これらを綜合して考えると、少年は中学校時代学業成績悪く、学友から無視されてきたため、劣等感、疎外感が強いので、自己に劣け目を感じないで交際してくれる者と自然親しくなつていつたところ、前掲したような父親M・Kが少年に淫らな行為を迫つたことを契機に無断外出をするようになつたものであるが、現在のところ少年はただこれらの者と遊び廻り度い丈でその行動傾向もそれ以上犯罪化の方向にはすすまないと思われる。従つて少年がにわかに近い将来刑法犯や、売春防止法違反の行為に出る虞があると断定することは出来ない。
第四 以上のとおり、本件は少年法第三条第一項第三号所定の要件を充分にみたすべき証拠が見出せない以上少年を保護処分に付することができず、他に審判すべき事由も見当らないから、少年法第二三条第二項に従い
主文のとおり決定する。
(裁判官 宗哲朗)